人の生き方を決定づけるのは、自分の経験から得られる気づきであり、その気づきはいつの間にか自分の潜在意識の中に入り、外的世界のいろいろな刺激によって発動されて、言葉や行動になって自分の生き方として表現されていきます。気づきは多くの「智恵」を学び、したことを反省することにより、人生を豊かに生きる手だてへと変化していきます。その「智恵」を学べるのは巡り合う「師匠」の存在が大切なのではと思います。職業人としての優れた技術ややり方を身につけた人々や人間としての優れた知性や豊かな感性を身につけた人々だと思います。
64年の人生の中で自分も「師匠」と仰いだ方が数名いらっしゃいます。今はまったく、お付き合いがなくなってしまった方、もう既に亡くなった方もいらっしゃいますが、人生の大事な局面で、その方々からいただいた言霊で悲しみから救われたり、希望を胸に前を向いて再び歩き出すことができたり、黄泉の国から引き戻していただいたりしました。今こうして曲がりなりにも日々充実した人生を送ることができているのは、多くの師匠のお陰であると感謝しています。
25歳のときに弊社から追い払われて、丁稚奉公先の社長から紹介されたK先生。自分が初めて社会人となり、まだ学生気分が残り、でも父親の会社を継ごうとしていて、このままではいけないという焦燥感の中、もがく自分の姿をみて、経営塾を立ち上げてくれました。初めての師匠でした。経営理念の大切さを教えていただきました。「今こそ地球に恩返し」の弊社の理念はその際に作られました。「今一生」「一刻一命」など、かけがえのないこの一瞬を生きることの大切さを教えていただきました。
29歳の時に商工会議所の会で出会ったのがY社長です。今でも月1回お会いさせていただいています。「積極」と書いて「セキギョク」と読み、「乗り越えられない壁は来ない」と教えられました。その後、多くの試練を味わいましたが、この「積極」の言葉がなければ乗り越えられなかったと思います。今でも「元ひとつ」「輝いて生きる」の言葉やまた偉人たちの本を輪読する読書会の開催など、素直に自分達を高めあっている師弟関係だと思っています。御年78歳になられましたが、益々元気です。
そして自分の大師匠は52歳の時に出会った、コラムで何度でも書いた、タニサケの故松岡会長です。社長の息子として何でも与えられた環境に育ち、「自己中心」になっていた漬物石を「他者中心」の言葉で粉々に打ち砕いていただきました。砕かれた瞬間に出た懺悔の涙と、体がふんわりと軽くなった体験は今でも忘れられません。毎日のように電話があり、熱血にご指導いただきました。感謝しかありません。
振り返ると多くの師匠がいらっしゃいました。出会った人は反面教師であっても全て師匠なのかもしれませんね。これからも多くの出会いに感謝して師匠を求め続けていきたいと思います。
合掌
