ある知人Aさんから、お話を聴いて、自分の数少ない営業の成功体験を思い出しました。
 それは私が若い時、ご縁を戴き、ある建設会社で働いていた時、建築業での雑事をしながら、ホームセンターで配達したり、増改築の出店を出していました。その出店である顧客から、300万円程度の増築の発注をして頂いたのです。自分の体験や知識から言えば受注できる訳などないので不思議でした。趣味などの話から意気投合したからであろうと思います。営業の面白さに触れた経験でした。 

 さて、その知人のお話のあらましは次のとおりです。
 43歳のときに転職したAさん。住居の水回りのメンテナンスやリフォームを行う会社でした。基本的には週末と休日は休みであったのですが、「困っている人のトラブルを直ぐに解決したい」と考え、用事がある時でも「〇〇時なら行けます」と応答し、できる限りお客様の希望に沿うようにしていました。ある休日のことです。「温水器が壊れた」というSOSが入り、急行し、無事修理が終わった際に、その家に訪れていた近所のおばあちゃんから、「自分では届かない納戸の高い処にある電球の交換をしてほしい」と懇願され、快諾し、交換が終わりました。おばあちゃんは大層喜んで、支払いを固辞するAさんに、支払いせねばと引き下がりません。「実費の150円だけ頂きます」というと、おばあちゃんは何度も「ありがとう」を繰り返し、「また困ったことがあったらいつでも言ってきてや」とAさんは、名刺を1枚渡して家路についたとうことです。

 慌ただしい日々はあっという間に過ぎ去り5年が経ちました。Aさんの携帯に連絡があり、指定の場所に向かうと、そこはおばあちゃんの家でした。連絡の主はおばあちゃんの長女でした。話を聞いてみると、おばあちゃんは2年前に他界し、古くなったこの家のリフォームをお願いする業者を探さねばならなくなりました。途方に暮れて、母のタンスを整理している際に見つけたものをAさんに差し出しました。それは、あの日に出した名刺だったのです。その名刺の裏には、赤いボールペンで、おばあちゃんのたどたどしい字でこう書かれていました。「困ったことがあったら、この人に連絡すること。この人にお願いすれば間違いないから」と。Aさんは最高の受注金額となるリフォームを頂いたようです。

 営業とは人と人が交流する中で、自然発生する絆みたいなものから生まれる不思議な生きものを育てる商売であるかもしれません。

合掌